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お疲れさまでした。

 投稿者:まゆみ  投稿日:2019年 4月19日(金)12時06分27秒
返信・引用
  >秩父たろうさん
芸能界の方と、縁がおありになるのですね。

舟木さんと弾ちゃんのご活躍祈願に善光寺まで行かれたのですか。
今年も2部構成で、和服の舟木さんが、見られるのですね。
和服の立ち居振る舞いがほんとに素敵ですし、和物の歌も大好きです。
日本の名曲2曲。「さくら」と「荒城の月」も和服にピッタリの曲で良いですね。

数年前に訪れた雪の残る黒部や、小諸城址 懐古園を思い出しています。
ここで 舟木さんのカラオケ映像が撮影されたようですね。

今日、明日と、良いお天気に恵まれて、マトさんは、門司港にお出かけです。
今頃は、クニさん、ママさんと『錆びたナイフ』のロケ地を楽しまれていると思います。
 

善光寺に祈願した舟木さんと弾ちゃんのご活躍

 投稿者:秩父たろうメール  投稿日:2019年 4月18日(木)22時42分13秒
返信・引用
  >まゆみさん

 やはりまゆみさん情報は凄いです。ホリプロの堀社長のギター現役時代の写真に魅かれます。
また、高校時代に初めて田舎であった芸能人が守屋浩さん。ヒット曲の「ありがたや節」と「僕は泣いちっち」は今でも名曲だと思っています。

 ○今日の舟木さん。信州の春は梅に杏子と桜が共演、北アルプスはまだ残雪を背景にしてのツアーコンサート。会場の「ホクト文化ホール」JR長野駅からは元気に歩けば約10分の距離。
新築間もない大型ホール、ステージの緞帳には霊峰浅間の噴煙姿が描かれていた。

 会場前の公園の桜は快晴のほぼ満開。天井の高い会場は早い時間から、満員大盛況。舟木さんがおっしゃられるよう男性客の姿が目立つ。
 オープニングはステージ中央の10段の特設階段から、粋な着流しスタイルで「浜の若衆」をイントロに自ら「ヤア」の気合もいれての登場。時代物、武家もので江戸の春を感じさせてくれた。

 更にテレビ主題歌から、忠臣蔵、桜田門外の変、平敦盛をテーマにした3曲にお馴染みの「銭形平次」で”男舟木一夫”の魅力を存分に魅せて聴かせてくれた。

 25分の休憩後は一転、ダンディーな白のジャケットにきりりとした黒のシャツとパンツ姿で「哀愁の夜」は大会場の天井まで澄んだ口笛と共に。「その人は昔」で舟木サウンドの深さもドラムの心地よさも聴かせてくれました。
 そして、この日のために用意したごとくの、日本の名曲2曲。「さくら」と「荒城の月」。

更に「ふるさとロックンロール」では間奏のハーモニカを中断、何が起きたかと心配するお客様に「曲を勘違いしたようですと」。スタートからの再演奏大サービス。ステージのプレゼント台には置ききれない程の色とりどりの花束にファンからのプレゼントが花咲く長野と化していた。

 ステージと客席が一体となっての、青春大ヒット5曲がファイナルコーナー。「修学旅行」「仲間たち」、「君たちがいて僕がいた」そして舟木さんからマイクは客席に向けられての「高校三年生」、一気に昭和のど真ん中へ。「学園広場」を歌われる時の舟木さんの目元にはきらっと光るものを感じたと最前列で観賞された永年の大ファンの方が話してくれた。

 アンコールは舟木さんのナレーションが聞こえる「絶唱」。確かこの映画のロケは信州の雪の季節に撮影されたような気がしますが、いかがでしたでしょうか。
会場の全体から次第に熱気が込められたような感の手拍子の響き。昭和、平成、令和を超えてまだまだ元気で歌いますの舟木さんからのメッセージに本気で応えた全ファンの思いではなかったでしょうか。

 長野駅でたまたま、「弾ちゃんの応援でお世話になっています」とご挨拶させて頂きました時の笑顔。今年も更に気合充実の舟木さんをそこに拝見させて頂きました。

                                  秩父たろう
 

見つけられない石

 投稿者:まゆみ  投稿日:2019年 4月18日(木)17時51分28秒
返信・引用 編集済
  >秩父たろうさん
「行けるところは行くぞ!」
お元気だからこそですね。
私はもう2年以上のリタイア組ですが、秩父たろうさんは 奥様と共に、
応援、宜しくお願いします。

若き日の堀威夫さんと、スゥイング・ウエストです。
掘さんは、ギターが上手でしたね。
守屋浩さん、スパイダーズも 日活映画に出演されていました。

上、堀威夫さんと、佐川ミツオさん。下、掘さんと、故、杉山俊夫さん
杉山俊夫さんもまたエレキギターがお上手でした。

>マトさん
Aさんで、合っています。

宇和島駅から『雪輪の滝』の駐車場まで30.38キロ 1時間。
そして、駐車場より滝まで 約1200メートル(徒歩約40分)となっています。
滝だけで、4時間かかるかもしれません。
大雨で石が崩れているかもですし、痛い足も含めて不安がいっぱいです。

宍戸錠さんが、座っていた石は、美幌峠で見つけることができました。
ご覧のように、転落防止の柵が出来ていて、同じ写真を撮ることはできません。
真下は、屈斜路湖です。
面河渓で、旭さんがギターを弾いていた岩も見つけられないかも知れませんね。

さった峠に行かれるなら、夏より、雪をかぶった富士山の方が良いと思います。
私も早起きですが、早く出発するのは苦手です。
 

見えない山

 投稿者:マト  投稿日:2019年 4月17日(水)19時39分50秒
返信・引用
  >すきやねんさん
舟木一夫号のくわしい記事紹介を有難うございました。
大倉さんの ”舟木一夫の青春賛歌” いいですね((^┰^))ゞ

<ただ舟木さんのお父様が独走して、舟木さんの知らない間に・・>
それはおそらく↓の女性の事でしょうが詳しいことは分かりません。
女性のお父さんは作家でもあり劇評論家だったAさんです。

まぁ、ここではいちいち名前を挙げませんが、そのほかにも舟木さんの
その類いの記事はたくさんあって(笑)芸能誌を賑わせてましたね。

>復活さん
当時の舟木モノ、たくさん集まったんですね((^┰^))ゞ

舟木号についてUPされた記事以外にこれはと思うできごとなど
ありましたら紹介してくださいね。

>まゆみさん
愛媛行きの計画が着々と進んでるようですね。

下のアキラがギターを弾いている岩が見つかったら感激されると思います。
同じような岩がゴロゴロしていて見つけるの難しそう((x┰^))ゞ

『紅の拳銃』のそのラストシーン 中2のとき見て以来ずっと頭に残ってます。

青春切符の旅ではいつもそこを通るのを楽しみにしていますが
富士山が見えたためしがありません(笑)

昨年は前日に続き翌日も早起きしホテルの朝食前に静岡駅から富士駅まで往復、
さった峠を通りましたが、やはり曇っていて富士山は見えませんでした。

今年もさった峠に挑戦してみようか?と思ってます・・懲りんのう((x┰^))ゞ
↓下は早朝の富士駅 早起きはへっちゃらですけん(笑)

>秩父さん
大手芸能プロのおエラさんとも親交があって、
秩父さんはそれこそ”芸能界天下御免の男”ですね((^┰^))ゞす、すごい!

 

時代はいつでもよみがえる

 投稿者:秩父たろうメール  投稿日:2019年 4月17日(水)17時21分18秒
返信・引用
  >復活舟木組さん まゆみさん マトさん すきやねんさん

 まあ、みなさん方の日活映画とデビュー当時の舟木さんに懸ける思いの深さに脱帽続きです。
笹森礼子さんのお名前を拝見し、赤木さんのギターを抱いての姿がまさに昭和ど真ん中でいいですね。

 明日は舟木さんが長野市でツアーコンサートです。うちの嫁さんも、舟木さんの歌はもちろん、今年のステージでの、またプレゼントタイムでの一言に何だか魅かれているようで、行けるところは行くぞ!の心境のようです。

 復活組さんのできれば、浅草国際劇場への一宮からの特別列車の渦の中にいたかったのコメントがありましたが、当時の芸能界の若きリーダー、天下のナベプロの渡辺晋さん、舟木さんをスカウトされたホリプロの堀威夫さんにサンミュージックの相澤秀禎さんが揃って大学のバンドリーダー出身。たまたま、ナベプロの新年会で堀、相澤社長さんと名刺交換の際に「これほどの資金がるならば、タレントの育成に投じたいね」と言われた。

 ご三方が、それぞれの時代に天下を取られて、今お元気なのは堀社長のみ。現役バリバリで1日に昼夜コンサートもこなされているのが舟木一夫さん。
 昭和、平成から間もなくの令和の三時代をぶれることなく、名曲を選んで聞かせて頂いている。

 文字通りタフな舟木さんを育んでくれたという、ふるさとの木曽川の流れ。明日も目を閉じて全曲に今の舟木さんが込められる昭和の良さ、平成の穏やかさを聴き逃さないように今夜は早めに休ませて頂きます。

                                  秩父たろう
 

日活映画のロケ地を訪ねて

 投稿者:まゆみ  投稿日:2019年 4月17日(水)12時33分49秒
返信・引用
  >マトさん
残念ながら、川口晶さんではありません。

しまなみ海道は、自転車でも走れるので、一度、走ってみたいと思っていましたが
島の峠道や、橋に上る為のアップダウンで、大変だそうです。
一日40キロ。二日間に分けて80キロ、走るのが良いそうです。

アップダウンを考えると、もう無理ですし、私の場合レンタサイクルが苦手です。
高松で借りた自転車が、ママチャリで無くて、凝りました。

(映画は「拳銃くれないの?」だったかな?)
そんな映画ありましたか。冗談だと思いますが、映画は『紅の拳銃』です。

兄の垂水悟朗さんと、手術をして 目が見えるようになった笹森礼子さんですが
「この列車に 中田さん(赤木圭一郎さん)が、乗っているような気がするの。」
「見て来るわ。」
デッキで、すれ違う笹森さん
「この人かしら? 中田さんて(赤木圭一郎さん)」

昨晩から映画の静止画を取っていたので『紅の拳銃』のラストシーンも取ってみました。

>復活舟木組さん
滑床、雪輪の滝も豪雨の影響があったのですね。
宇和島では、小林旭さんの『南海の狼火』のロケ地を回ります。

一日遅れで、日活撮影所でご一緒したダイスの眼さんが、回られると思います。
映画のシーンは、夜で、せっかくの滝が良く見えないのですが、昼間のスチール写真です。
 

舟木号2

 投稿者:復活舟木組  投稿日:2019年 4月16日(火)22時01分49秒
返信・引用
  すきやねんさん、お任せください
と言いたいところですが、私も舟木さんに復活をはたしてから集めた雑誌の記事のみの情報なのです。
だからほんとかな?・・・というのもありますが、
何しろ大人気の舟木さんだったので、少しくらい真相があやふやでも載せたのでしょうね。

この週刊誌、もちろん(笑)持っていますよ。
たくさんの人(バスもたくさん)だったので、間に合うようにパトカーが先導したのでしょうね。
当時の記事を読むと、舟木さんの人気が尋常ではなかったことがよく分かります。
その当時、その渦の中にいたかったなあ・・・と思う私です。

確かに作家のお嬢さんとの結婚話を親どおしが進めていたようです。
どなたかはちょっと忘れましたが、持っている雑誌にはお名前も書かれていました。
舟木さんがデビュー前からお世話になった方のようでした。

まゆみさん
6月13日に回られるのですね。
宇和島市内はよく知る場所なので、おじゃまでなければご案内しますので。
ただ、滑床、雪輪の滝は、昨年の豪雨で道が悪くなっていると聞いたので、
調べてみますね。
サルは多いわ、ホテルは閉鎖されるはで、ちょっと心配ですから。
 

舟木号

 投稿者:すきやねん  投稿日:2019年 4月16日(火)21時06分19秒
返信・引用
  マトさん、こんな記事を見つけました。それによると列車が遅れたというのは私の思い違いで、ちゃんと予定時間に着いたようです。パトカーに先導されて3時58分に着いた、という事ですが、皆がバスを降りて浅草国際の2階席へ着席するまでに2分では間に合うはずありませんよね~~
復活舟木組さん、この週間平凡は手に入れておられませんか?

マトさん、舟木さん曰く、当時の芸能雑誌は、本人に書くよ!と予告してから記事にし、本当の恋愛は深く水底に沈んだままだった、と言われていますから、これは適当に書いていいよ、の記事だったのでしょうね。
ただ舟木さんのお父様が独走して、舟木さんの知らない間に婚約指輪を贈ったという、某作家の娘さん、というのが誰だったのか?どなたか覚えておられる方がありますか?私はその事件を全く知らないので、誰だったのか気になっています。
 

しまなみ海道

 投稿者:マト  投稿日:2019年 4月16日(火)20時15分15秒
返信・引用
  >まゆみさん
<しまなみ海道も3度ほど走りましたが、呉、松山のフェリーも
   景色が良くて退屈しませんでした。>
そうなんですか、マトはしまなみ海道を渡った事がありません((x┰^))ゞ

日光に行った事がないので、せめて西日光の耕三寺に立ち寄ったり
しまなみ海道には一度は渡りたいと思うんですが、他に行きたい所が
いっぱいあってまだ実行できてません。

そろそろこの夏の青春切符旅のコースも考えんならんし(笑)
遊ぶことばっかりですが何か先の目的を持たないと人生そのものの
先がもたないような気がしてます((x┰^))ゞ

<富士山が見える東海道本線のさった峠ですが、トニーの映画ですね。>
さすがです! 映画は「拳銃くれないの?」だったかな?

↓この記事はちょっと違うような気がするんですがどうだったんかな??
  営業用のガセと違うんやろか?

 

♪憧れの舟木号3

 投稿者:まゆみ  投稿日:2019年 4月15日(月)23時02分51秒
返信・引用 編集済
  >すきやねんさん
大変でしたね。ご苦労さまでした。

保育園に出かけていると、インフルエンザや、ノロウイルス、嘔吐下痢症など
いろんな感染症を貰って来ますね。

生後40日で、広島に帰って 翌日から仕事に復帰。
首も座っていない子供を、抱いてマンションから離れたところにある駐車場まで歩いて
保育園に通うのは大変だったと思いますが、出動要請は一度もありませんでした。
ピークを過ぎた頃に 親に感染しますから、同時で無いだけに 何とかやって来れたようです。

>復活舟木組さん
10連休に、香川のお寺に行かれるのですね。
香川は、楽なお寺が多いです。下の駐車場から歩くと弥谷寺が大変かな。
としちゃんは、中間にある駐車場から歩かれたようです。

宇和島城には、6月13日に出かけます。
6月11日、松山、6月12日、宇和島のホテルに泊まります。
11日に、今治城と、太山寺の奥の院へ。
12日に、面河渓、鹿野川ダム、大洲城に行きます、

お天気に寄って どうなるかわかりませんが、
13日は、雪輪の滝・滑床渓谷まで 出掛けますので、どこに行っても駆け足で、
宇和島城や、和霊神社の御幸橋、宇和島駅傍の恵美須町、内港桟橋の写真を
撮って帰るつもりです。

宇和島城から、自宅まで、4時間15分ほどかかりますから、
遅くても5時には宇和島を出たいと思っています。

>マトさん
はい。呉が近くになりましたね。高屋JCTは、良く利用します。
廿日市や、広島駅からも 呉が近くになりましたし、呉に寄り道する時、便利になりました。

しまなみ海道も3度ほど走りましたが、呉、松山のフェリーも
景色が良くて退屈しませんでした。

松山城、彦根城の天守には、上りました。旅行中は 常にGパンですから
急な階段でもOKですが、ほんとに上がりにくいですね。
小さいお城ですが、丸亀城も木でできていました。ところどころシロアリで傷んでいました。

富士山が見える東海道本線のさった峠ですが、トニーの映画ですね。

>秩父たろうさん
今日、録画しておいた「新BS日本のうた」を拝見しました。
2曲でしたが、『赤いランプの終列車』、『みだれ髪』 良かったです。
 

♪憧れの舟木号2

 投稿者:マト  投稿日:2019年 4月15日(月)21時52分28秒
返信・引用
  舟木号の挿絵に描かれた列車はビジネス特急『こだま号』みたいですね。
新幹線が登場するまでの国鉄のエース特急でした。

↓こだま号などが描かれたお子様用の絵本。
 有名な場所なのか色んな絵本に登場していますね。

さて、広重の絵にも出てくる絵本に描かれた東海道本線のここはどこでしょう?

上級者はこの場所がラストシーンとして登場するS30年代の日活映画の
タイトルを答えてください((x┰^))ゞ

★マニアックな問題なので(笑)パスして次行きましょう((x┰^))ゞ

 

♪憧れの舟木号

 投稿者:マト  投稿日:2019年 4月15日(月)20時14分6秒
返信・引用
  >秩父さん
急行『銀河』に乗って京都に行かれたことがあるんですね。

またまた脱線(笑)しますが『銀河』といえば、その昔裕ちゃんが
失踪騒ぎを起こした時(S34)、切符もないのに横浜駅から『銀河』に
飛び乗り早朝京都駅に着いたそうです。

S30年代の『銀河』は東京発21:00で京都着6時半ぐらいでした。
京都着の時間はピッタリ合ってますね!

<京都の呉服屋さんに絵の勉強で2週間お世話に>
そうでしたか、そのときのお勉強が今も役に立ってるんでしょうね。
ひょっとして、その呉服屋さんはすきやねんさんチのお隣りだったかも?(笑)

<宿は西本願寺の詰め所でした。>
西本願寺と言えば幕末の一時期、新選組の屯所となったところ。
ひょっとして(こんなんばっか((x┰^))ゞ)秩父さんのお泊りになった
部屋は沖田総司が使っていた部屋だったかも?

>すきやねんさん
おまごちゃんから親に吐き下し風邪がリレーされたんですか、
それは大変!それがさらにバーちゃんに移ってということがありませんよう。

<実際には舟木号が東京に着いたのが予定より遅く・・パトカーが先導して劇場まで>
そうだったんですか、そりゃあまた大掛かりな出来事だったんですね。
ファンの皆さんは、まるでVIP待遇みたいじゃないですか!((x┰^))ゞ

<京都の看板娘>
あれ?違いましたか?(笑)、”良家の箱入り娘”の間違いだったかな?
いずれにしましても、すきやねんさんが京娘だったことは確かですね((^┰^))ゞ

 

「舟木号」

 投稿者:すきやねん  投稿日:2019年 4月15日(月)17時10分47秒
返信・引用
  マトさん、実際には舟木号が東京に着いたのが予定より遅く、皆さんの乗ったバスをパトカーが先導して劇場まで走ったと思います。着いたのが4時ギリギリだったと…
実際がどうだったかは、当時の雑誌を集められた復活舟木組さんが詳しいかも?です。


実は…娘たちからのsosで行った竜王の娘宅、日曜日に帰るつもりでいたのですが…
土曜夜から夫婦二人共下痢が始まってしまいました。孫の吐き下し風邪が二人に感染してしまったのです。
孫の吐き下しの後始末をしている間に貰ってしまったようです。
同じ保育園に行っているお友達とそのお母さんも。ビールスの感染力の強さにはビックリです。
今日二人共漸く少し食べられるようになったので、私は一応引き上げです。
まだまだ本調子まで回復していませんが、明日朝には生協の荷物が届くので、それまでには一応帰っていないと困りますしね。
私が貰わなかっただけやれやれでした。まあ手伝いに行ったのが孫の吐き下しが少しマシになってからでしたから!
皆さんもどなたかが吐き下し風邪にかかられたら、石鹸での手洗い、マスク、おトイレの消毒とタオルを別にする事、汚物の処理をするときはビニール手袋をはめて下さいね。

そんなこんなで弾君の放送は見る事が出来ませんでした。
再放送は有りますよね?再放送の日程が判りましたら又教えて下さいませ。
何せ我が家のBS、CS放送は外部入力ですので、レコーダーに予約を入れていても、そのチャンネルをつけておかないと録画が出来ません。今回は真っ黒な画面だけがうつっているでしょうね~~

ところでマトさ~~ん、私が京都の看板娘だったなんてどなたからお聞きになりました?
誰だ!そんなガセを流した人は!な~んてね。マトさんは話を作るのがお上手ですね。
 

「舟木号」の話題ありがとう

 投稿者:秩父たろうメール  投稿日:2019年 4月14日(日)22時14分19秒
返信・引用
  > マトさん
 「舟木号」の記事、お宝ですよ。
イラスト・マンガの右下に作者のサインが1文字ありますので、何か手がかりを漫画協会の友人に聴いてみます。
 私の似顔絵の師匠は月刊明星、平凡、近代映画、映画の友?等の雑誌にタレントさんの似顔絵を若き日に睡眠時間が取れない程、毎日作品を描いては雑誌社に届けていました。今でも当時の雑誌をいくらか保管しています。

 その中に舟木一夫さんをインタビューしている記事を拝見させて頂きました。ご本人には面談する時間もなかったそうです。雑誌社から「どんな時でも舟木さんが表紙か本文に関係記事が掲載されると確実に最低0000部とかが売れた」そうです。

 マトさんのおかげで、当時の国鉄の東京―京都間の所要時間を思い出しています。東京五輪が前回開催された1964年(昭和39年)夏に京都の呉服屋さんに絵の勉強で2週間お世話になった時、行きが東京駅発22時半くらいの夜行寝台「銀河」でした。京都着が朝の6時半、所要時間が約8時間。良い旅で、駅には呉服問屋の「蝶花(ちょうか)」の社員さんが迎えに来てくれ、宿は西本願寺の詰め所でした。

 ほぼ同じ時代に、舟木号が愛知・一宮駅から東京へ「修学旅行」の夢そのままを載せて、浅草国際劇場へ向かわれたのですね。
 マトさんに感謝。昭和、平成の世に心置きなく、令和に行けそうです。

                                  秩父たろう
 

♪「舟木号」は行く

 投稿者:マト  投稿日:2019年 4月14日(日)20時16分43秒
返信・引用 編集済
  先年、木曽川資料館で行われた舟木イベントのとき写真に撮らせて
いただいたその名も高き「舟木号」の記事。

せっかく写させていただいたのに腕とカメラの両方が未熟でうまく
読み取れませんが何とか頑張って・・((x┰^))ゞ

「・・途中名古屋駅、静岡駅で会員を乗せて午後3時29分舟木君の
 お父さんの出迎えを受けて東京駅着。

 直ちに20台のバスに分乗して一路国際劇場に向い、4時開幕、
 舟木君はじめての<ワンマンショウ>のステージを(堪能?)して
 午後6時終幕。

 舟木君は直ちに国際劇場から堀一宮電報電話局長に今日から
 ダイヤル即時通話になった祝賀の辞を述べるとともに伊藤市長から
 「ワンマンショウ」のお祝いの言葉が送られるはずである。

 午後6時半浅草「新世界」の大食堂で舟木君出席のもとに夕食会が
 開かれ、終わってバスに分乗して夜の銀座、東京タワーを見物して
 午後10時37分東京駅発帰宮する。

 舟木君は東京駅から品川駅まで同乗して遠路わざわざ激励に上京した
 市民各位に車内をまわって厚くお礼を述べることになっている。
 2日午前6時31分尾張一宮駅着解散することとなっている」

以上です。

どうやらこれは予定であって実際の随行記とは違うようですが昭和30年代
という時代を知る上で、皆さんのような熱心な舟木ファンでなくとも
とても興味深い記事といえます。

一新人歌手の公演に市あげて列車を借り切り大挙出かけるなんて話は
それまではおろか今も聞いた事がありません(笑)
おそらく空前絶後の出来事だったんでしょう。

参加されたのは現在70以上に成長された女性がほとんどではなかったろうか?
とマトは推察しています。

「私、昔この列車に乗って浅草まで行ったわ」という方が談話室に顔を
 出されたら凄い!と思いますが、まぁ無理かな?((x┰^))ゞ

 

松山⇔呉ルート

 投稿者:マト  投稿日:2019年 4月14日(日)17時28分2秒
返信・引用 編集済
  >まゆみさん
<呉から松山まで、石崎汽船って手がありましたね。>
そうでしたね、新しい発見です(笑)

復活さんがいつも松山から広島・宇品経由で来られるので
そのルートしか知りませんでしたが松山⇔呉ルートがあったんですね。

以前は呉市・広から山陽自動車道・西条ICに出るまでだいぶ時間が
かかったんですが、最近は呉自動車道が開通し呉から西条ICの一つ
岡山寄り高屋JCTまでスムースに行けるようになりましたね。

従いまして松山から関西方面に行くには車なら呉ルートのほうが時間も距離も
かなり短縮できますが、新幹線の場合は呉から広島までの交通手段の問題もありますし((x┰^))ゞ

>すきやねんさん
ぶらくり丁のいわれはお書きのように商品を店先にぶら下げて
売ってたのでその名がついたんですね、なるほど((^┰^))ゞ

昨日は夜も寝ながら「ぶらくり」のいわれについて思いをめぐらしてました。
ぶらりと気軽にくりだせる所から付いたのかな?とか(笑)

疑問が解け、また一つ賢くなりました((x┰^))ゞ有難うございました。

おまごさんの介護で滋賀県まで・・ご苦労様です。
その甲斐あって、おマゴちゃんも元気を取り戻されよかったですね。

花街でご活躍の方ともコネをお持ちで、さすがは京都の看板娘でならしてた
という噂どおりのおかたですね((^┰^))ゞ

>復活さん
<コンクリートが多いのがほんと残念>
ほんまにその通りで、たとえば大阪城や名古屋城、岡山城などは
天守閣にのぼっても楼内の写真を撮る気にもなりません(笑)

そこへいくと現存天守のお城は歴史を感じさせてくれていいですね。
↓松山城(上)と彦根城(中)の天守最上階。
夏行ったので楼上に涼しい風が吹き渡るのは有難かったです。

ただ、これらのお城は階段がすごく急でスカートを履いた女性が
のぼるにはかなり勇気がいるでしょうね((x┰^))ゞ

 

こんばんわ

 投稿者:復活舟木組  投稿日:2019年 4月13日(土)23時20分44秒
返信・引用
  すっかり春めいてきて、お庭に出る回数も増えてきました。
バラの蕾もふくらんできて、1番楽しい季節です。

すきやねんさん
お孫さんたいへんでしたね。
もうすっかり良くなったでしょうか?
一人でも病気になると、心配なのと看病(お世話)で、家族はへとへとですね。

お手紙を書きたいと思いながら(内容はもう頭の中ではできていますが(^_^;)
もうしばらくお待ち下さい(^^♪
お友達が芸舞妓さんに書を教えているとは、さすが京都ですね。
芸舞妓さんは書も習うんだと、初めて知りました。
私達が知っている以上に、習い事がたくさんあるんでしょうね。

マトさん
お城の古い写真、いいですね。
消失したお城が戦後たくさん再建されたそうですが、コンクリートが多いのがほんと残念。
でも再建したい気持ちもわかります。
その町のシンボル、誇りのようなものですものね。

秩父たろうさん
舟木さんや弾さんの情報ありがとうございます。
しばらく舟木さんの歌声を聴いていないので、コンサートに行きたいです。
(いつ行けるかなあ・・・)と考えるのも楽しみです。

としちゃん
お元気そうで、少し安心しました。
それとお四国まいりの時の元気いっぱいの写真で、こちらも元気に。
それに触発されたわけではありませんが、10連休の後半にすごく久しぶりにお四国参りをしようと思っています。
残りは香川県です。

まゆみさん
宇和島の方へ来られるんですか?
もしそうでしたら、ご連絡下さいね。


 

ブラクリ丁

 投稿者:すきやねん  投稿日:2019年 4月13日(土)21時53分39秒
返信・引用 編集済
  マトさん、ぶらくる、とはぶら下げるという意味でぶったくるという意味はありませんからご安心ください。
商品を店先に吊り下げて売っていたのでブラクリ丁と名前がつきました。
ただ私が和歌山へ来た当時は、ブラクリ丁は和歌山一の繁華街で、その入り口には丸正という地方資本の百貨店が有って、私たちの年代の方に聞くと、子供の頃その屋上で遊ぶのが楽しみだったとか。
それが大分前に丸正が倒産してブラクリ丁のシンボルが無くなり、泉南にアウトレットが出来、南海沿線の和歌山大学前にイオンが出来、と、他所に賑わいを取られて、ブラクリ丁はシャッター通りとなっています。地元もなんとかしようと色々企画を考えたり頑張っていますが、未だ賑わいは取り戻せていません。

竜王町の孫が吐き下しの風邪にかかり、一昨日の夜は夜中に救急に走り、点滴をして貰って家に帰って来たのが明け方の4時だった由。昨日sosを受けて急遽娘の家へ。
実はその前に友人と約束をしていて、京都で都踊りを見る予定でした。友人は祇園の女紅場(芸舞妓さんの学校です)で書の先生をやっているので、毎年招待券を頂きます。で、私も便乗してただで見に行かせてもらいます。
流石にその見物まではすっぽかせ無いので、観るだけ見て飲む約束はキャンセルしてもらいました。
ちょっぴり残念ですが仕方ありません。飲むのは又次の機会に。

ベッドの親の布団の上で吐いたので、掛けも敷も全て洗濯しなくてはならなくなり、下痢もあちこちでお漏らしして大騒動。
私が行った時にはもう大分治まっていましたが、洗濯物が大量に!干す場所が無いくらいの量です。何回洗濯機を回した事か!
吐く、が治まると、お腹が空くので昨晩は「まんま、まんま」と催促、下痢が止まっていないので食べさせられず。可哀想でしたが仕方がありません。
今日はもうほとんど元の元気に戻り、ほっと一息。お粥、オジヤと食べましたが大丈夫でした。
明日には普通に食べられるかな?

保育園へ行き始めると、次々に病気をもらって来ますね~~
未だ暫くはsosが続きそうです。

明日の弾君の出演テレビは、家に帰って見られる筈です。
 

「令和」時代も歌の心は変らない 2

 投稿者:まゆみ  投稿日:2019年 4月13日(土)21時03分40秒
返信・引用 編集済
  >秩父たろうさん
そうですか。スケジュールが詰まっているのですね。

明日の『新日本のうた』は 録画予約しています。
5月から『平成歌謡塾』が『令和歌謡塾』になるのですね。
偶数月の出演。1年間とは、良かったですね。
こちらも録画したいと思います。

>としちゃん
徳島から、香川県の大窪寺まで 頑張りましたね。

>マトさん
しまなみ海道ではなく、呉から松山まで、石崎汽船って手がありましたね。
山陽道が通行止めになった時に石崎汽船のフェリーに乗った事を思い出しました。

『一心太助江戸っ子祭り』で、舟木さんが、♪音戸の舟歌を唄っていましたが
赤い音戸大橋が懐かしかったです。
 

熊本城

 投稿者:マト  投稿日:2019年 4月13日(土)20時45分36秒
返信・引用
  熊本地震からもうすぐ3年ですね。

↓今朝の新聞に熊本城の復旧工事が進んでいる様子が載ってました。
 大天守の外観がほぼ完了で秋には天守前の広場までは公開できるとか?

 写真中は熊本城の古写真・・何しろ明治初年の西南戦争前の写真だと
     いうから珍しいです。

 写真下・・ついでに戦災前の岡山城(人工着色)の古写真も((x┰^))ゞ

>まゆみさん
高松城~姫路~赤穂~・・・宇和島城までの映像見せていただきました。
時間の経過を感じさせない緩やかでいい番組だったですね。
有難うございました((^┰^))ゞ

>すきやねんさん
「ぶらくり丁」を歩かれたことがありますか?
まさかそこは、ぶったくり町じゃないですね?((x┰^))ゞ
この前は大阪から堺どまりでしたが、いつかもう少し南下しそこまで出かけたいです。

>としちゃん
お四国さんではよく頑張りましたね。

そうそう、マトにも(*´з`ちゅー してくれて嬉しいけどマトは
そんな趣味はないけんね((x┰^))ゞ
早く浣腸・・もとい完調に戻れますよう。

>秩父さん
<新潟駅からの新幹線の帰路は・・車窓に雪山を見せてくれました。>
マトも一度だけ経験しましたが夕方新潟を出て、燕三条を過ぎたあたりから
新幹線は山中に分け入り、雪景色の集落に灯が点るのを見ておとぎ話の世界に
いるような気分になりました((x┰^))ゞ

 

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